千の神隠し☆幻想廃人

枢木スザク
皇女ユーフェミア皇女の騎士として推挙されたが、護るべき皇女をゼロに目の前で殺される。
ゼロを捕縛した功績により「ナイトオブラウンズ」に推挙されたが……。

ジノ・ヴァインベルグ
皇帝直属の騎士「ナイトオブラウンズ」のメンバー。ブリタニア貴族の出身でありながら陽気な性格で人なつこく、いかなる身分からも慕われている。

……（前略）、ジノはなぜか一瞬沈黙した。
ちょうど自分の胸の高さにあるアーニャの頭を一度ぽんと叩いて、ジノは再び会場のナイトメアに目を向け、にやりと笑った。
「頑張るだけの価値があればいいがな」
碧眼に初めて物騒な表情が浮かんでいた。

「両者、コクピットを出て礼を」
審判員の指示に従って、相手のナイトメア、ランスロットのコクピットが開く。中の人間が太陽の下に姿を現した。それを見て、ジノは「ほう」と口に出してつぶやいた。
――若い。
そう言うジノも年齢的には十分若いと言えるのだが、相手はそれ以上に幼く見えた。ジノの目にはせいぜいアーニャと同じくらいに見える。民族の違いもあるのかもしれない。しかし、それはやはり少年と呼ぶにふさわしい姿だった。くせ毛の栗色の髪が、吹きつける風にあおられて横に流れている。
コクピットから立ち上がったその少年は、最初まず中央のスタンドにいる皇帝シャルルに向かって敬礼したあと、それからジノのトリスタンに向き直り、胸に手をあてた。遠目にもその顔に硬さや緊張感はない。静かな表情を浮かべている。

「あの……ヴァインベルグ卿？」
審判員が戸惑ったように声をかけてきた。それで初めてジノは口を開いた。トリスタンの外部スピーカーをオンにし、わざと嘲笑の気配を漂わせ、
「悪いな。あいにく、これからぶちのめす相手と握手する趣味はないんだ」
……（中略）
「そ、それでは。両者、所定の位置へ」
そんな段取りの中でも、ジノはあいかわらずモニターに映った少年を見たままだった。審判員の指示に從って、少年――枢木スザクの姿がコクピットの中に消えていく。完全に消える前に、その目が一度だけ自分に、トリスタンに向けられた。普通であれば、そこに浮かぶのは自分の無礼に対する怒りか、これから戦おうとする相手に向けた気迫であったろう。
だが、違った。
その目はあいかわらず静かだった。そして――どこか昏い。決して敵意に満ちている、落ちこんでいるというのではなく、何かが欠けた瞳……何か欠けてはならないものを失った者の目。
モニター越しにからみあった目線をそらさず、ジノはフッと今度は自然に笑った。
（まあ、この段階ではとりあえず合格か）
内心でつぶやき、ジノはトリスタンの操縱桿を握る。

格納庫に收まった白い騎士、ランスロットの横で、士官服を着た女性が難しい顔をして腕組みをしていた。
その目前に立つパイロットスーツ姿の少年。表情はどことなく申し訳なさそうだった。
「――もちろん。実戦であれば、状況によって多少の無茶が許されるこおはあります」
やがて、女性が厳しい表情のまま口を開いた。
「しかし、今回はあくまでも儀礼的な試合。そこで、駆動系統にまで過負荷がかかるような機動をされては、私たちメンテナンススタッフとしては、苦情の一つも言いたくなろうというものです。そのことはお分かりいただけますね？　枢木准将」
「……はい。すみません、セシルさん」
女性の叱責に対し、少年――枢木スザクは素直に謝罪の言葉を述べた。
「無論、最初に試合らしからぬ攻勢をしかけてきたのは相手のほうなので、私としても一方的にあなただけを責めるつもりはありませんが――」
「いえ。自分の責任です。相手の挑発に乗って、少し熱くなりすぎました」
「…………。そうね。でも、メンテナンスのことを抜きにすれば、あれは悪くなかったわ」
と、そこで女性――ナイトオブセブン、枢木スザク准将付きメインオペレーター、セシル・クルーミー少佐はがらりと口調を変えた。知性的なその顔にもにこりとした笑みが浮かぶ。

「よう！新入り。いい試合だったな……って、なんだ。アーニャもいたのか」
やたらと陽気な声と共に、話題の中心であるジノ・ヴァインベルグが格納庫に姿を現した。またまた驚くセシルとスザクのことになどまったく頓着せず、屈託のない笑顔でつかつかと近寄ってくる。
そうして、ジノはいきなりスザクの肩に手をまわし、その首を上から抱えこんだ。
「は……え？」
「というわけで、歓迎の宴だ。もちろん、主役なんだから付き合ってくれるだろうな？」
「あ、あの、ヴァインベルグ卿――？」
「かー！堅い、堅すぎる。ジノだ、ジノ。ラウンズには番号の順番はあっても、身分の上下はないんだぜ？」
目を白黒させるスザクには構わずに、ジノはさっさと話を進めていく。が、そんな二人の姿をじっと見ていたアーニャが、そこで背後からぽつりとつぶやくように言った。
「結局、試合は三対一。ジノの負け」
ジノの幅の広い肩がぴくりと震えた。
「ベアトリスは大激怒」
「さ、さあ、行こうか！料理はうちの料理人にいま準備させてる。ブリタニア料理、ちゃんと食べてるか、スザク？」
「は、はあ、一応は……って、あの、ちょっとっ……」
「いやあ、今日は楽しいなあ！いい汗もかいたし。でも、ちょっと疲れたよな？できれば、二、三日このまま休んでしまいたいよ。なあ、スザク」
「い、いえ、自分はこのあと報告書を……もごっ」
何やら言いかけるスザクの口を自分の手でふさいでから、ジノがずるずると強引に少年を引きずって格納庫を出ていく。